平尾桂子の研究室

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幸せの条件

誰に聞いたのか、どこで読んだのか、覚えていないが記憶に残る言葉というのがある。私にとって思春期からずっと心に抱いていたのが次の格言である。

 

「幸せな人生の条件は二つ。

一つは自分の命を燃やすに足るライフワーク(仕事)を持つこと。

もう一つは心から愛することができる人に出会うこと。」

 

高校時代、この二つは、努力すれば両方とも手に入るものだと私は信じて疑わなかった。まだ自分が何者か分からず、やりたい仕事も見つからず、伴侶たるべき人物も未知数だったころである。

 

もちろん世の中の大人を見れば、「これをするために私は生まれてきた」と思いながら毎日ワクワク仕事をしているような人は多くはいなかったし、すべての人が「自己実現」できる仕事に就けるわけでもないことも知っていた。でも自分の仕事の本当の意味を知らずに、あるいはその意味を探そうともせず、日々ひたすらあくせくと働くだけの人生はむなしい。

 

同じように、たとえ「これをするために自分は生まれてきた」と信じられるような仕事を与えられ、それに全身全霊で打ち込むことができ、幸運にして富と地位と名誉を手に入れてこの世の栄華を極めたとしても、誰にも愛されず、誰をも愛さず、自分以外に「いとおしい」と思える人間がいない人生も、これまた味気ない。

 

幸いなことに、私は両親から「女の天職は子どもを産んで育てることだ」と言われなかったので、「ライフワーク」とは、子育て以外の「仕事」のことだと思っていた。女性の平均寿命が伸びて80数年、子どもの数もせいぜい二人。育児を「ライフワーク」とするにはどう計算しても人生は長すぎる。だから結婚しても、子どもを産んでも、仕事を続けたいと心から思った。「ライフワーク」と「子ども」、その両方を手に入れたいと真剣に思っていた。

 

しかし、その両方を手に入れるのが、どんなにしんどいことか、ほどなくして身をもって知ることになる。

 

未知数だった配偶者を決めた時、仕事を続けるために私たちは「別居結婚」という道を選択したが、世間の同情は一挙に夫に集まった。

「せっかく結婚したのに一人で食事を食べるの?(作るの?)かわいそうに」

 

このとき、結婚の意味が、それから得るものが、男と女で大きく異なるのだということを知った。

 

子どもが生まれたとき、私は「自分よりもかわいい存在」と出会うことができた。

 

しかし、仕事に復帰すると同時に、「仕事と育児の両立」は主に女に課せられた問題なのだということも実感した。夫の名誉のために付け加えれば、彼は決して育児に参加しなかった訳ではない。それでも「フィフティー・フィフティー」からはほど遠く、家と保育園と職場を結ぶ三角形を、薄氷を踏む思いでかけずり回ったのは、主に私である。

 

幸せの条件を両方手に入れるためには、女性は様々な「幸運」に恵まれねばならないということも思い知らされた。子どもの病気、子どものケガ、それに対処する保育手段のバックアップがどれほどあるか。祖父母は頼りになるのか、実家は近いのか。

 

翻って、世の中の男性は、まずは命を燃やせる仕事を見つけさえすれば、もう一つの幸せはかなり簡単に手に入れているように思えてならなかった。家の外でどんなに手強い7人の敵と戦おうが、どんなに残業で酷使されようが、家に帰れば「愛する対象」はメンテナンス済みで待っている。夜遅く帰って子どもの寝顔をそっと撫でながら「子どもってかわいいなー」としみじみ思えばそれでいい。

 

今にして思えば、先の格言は、女の私に向けて語られた言葉ではなかったのだ。男に向けて、男だけに向けてこう言ったのだ。

 

「せっかく仕事をするならば命を燃やせる仕事を持て。それが男子の本懐だ」

そして、「それだけの人生じゃつまらないから人を愛することも忘れずに」。

これが格言の真意だ。

 

ついでに言えば、「子どもが欲しけりゃ、それは君の細君が育ててくれる。君は彼らを養い、そして愛すればいい」。

 

誰が言ったのか、どこで読んだのか、今となっては分からないから文句の言いようもないけれど、なぜ女にも「幸せの条件」を語らなかったのか。あるいは女など幸福を望むに値しないとでも思っていたのだろうか。

 

女性の「活躍」が期待される時代だからこそ、もう一度考えたい。

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平尾桂子 Keiko Hirao

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