平尾桂子の研究室

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アメリカン・アウトドアライフ

「この窓の下をクーガーが歩いていたのよ!」

台所の流しから外を指さしながら、ミセス・リカルドは、庭でクーガー(アメリカ・ライオン)を見たときのことを興奮気味に話してくれた。

「リビングルームの窓からこっちをじーっとのぞき込んで、プイって感じで行っちゃったわ」

リカルドさんの庭には、他にもいろんな動物が来る。裏庭にはあちこちに鹿のフンが落ちているし、ついこの間は外のゴミ箱をクマがあさりにきたらしく、裏山の中腹までひきずり上げられていたというプラスチックのバケツは、するどいツメで穴だらけになっていた。

リカルドさんは私が以前アメリカに留学していた時にお世話になったホストファミリーだ。ご主人は元大学教授。数年前に退職し、今は奥さんと二人で悠々自適の毎日だ。

「アイダホの山奥に別荘があるから是非一度遊びにいらっしゃい」とずっと前からお誘いを受けていたのだが、この夏休みに夫と麻里恵と3人で西部に旅行した折に、10年越しの念願がようやくかなっておじゃますることができた。

「せっかく西部に来るのなら、イエローストーンにも足を伸ばすといい。イエローストーンまで来ればうちのキャビンまでたった1日のドライブだよ」

リカルドさんにそう言われて私たちはすっかりその気になったのだが、アメリカ人にとって、この「たった1日」の距離が約800キロもあるということを、私たちは旅に出かけたあとで知った。「ハイウエーからすぐ」というのも、実はハイウエーを降りてから4時間もかかる山道ドライブ。ようやく日が暮れかけたころにヘトヘトになってリカルドさんのキャビンにたどりついた。

うっそうとした針葉樹の森がリカルドさんの地所。隣の家は山一つ向こうという広さに、私たちは気が遠くなる。

しかも、二階建ての大きな山荘を、リカルドさんは自分たちで建てたそうだ。プロの大工さんに一部手伝ってもらったものの、基本的には家族総出でひと夏かかって建てたという。建設中はキャンピングカーで寝泊りし、4人の娘とそのお婿さんも応援にかけつけての大プロジェクトだったそうだ。

「もっと小さなログハウスだったら1か月くらいで建つけれどね」さらりと言ってのけるリカルドさんの専門は数学とコンピュータサイエンス。大工仕事とはおよそ結びつかない。

家の建て方なんてどこで習ったのですか?と聞くと、物心つくころからお父さんの日曜大工を見て育ったからとのこと。さすがにアメリカ、日曜大工もダイナミックだ。実は写真のようなキャビンを建てる木材が、セットになって売っているので、シロウトでもその気と時間さえあれば簡単に(でもないと思うのだが)家を1軒建てられるのだそうだ。

リカルドさんは娘さんたちが小さいころから、休みのたびにこの山にキャンプに来ていたという。20年前にこの土地に別荘をたてたのもその延長線上のこと。

案内してもらった裏山には、あちこちに森の木を集めて作った「基地」や「砦」が点在し、それぞれ木ぎれに子どもの字で「○○とりで」などと名前が記されていた。お孫さんたちが夏休みを過ごしていった「跡」だとのこと。

ひと夏かかって家を手作りすることも、休みのたびに家族でキャンプに出かけることも、夢のようなレジャーの楽しみ方だ。日本だったら一週間の休みもままならないし、どこへいっても渋滞と人ゴミだものね、と夫と二人ため息がでる。

——こんな風に書くとリカルドさんはどんな大金持ちかと思われるかもしれないが、ここではごく普通の中流家庭だ。

私たちの家の台所のライトの修理に来てくれた電気工事のおじさんも、翌日から子どもを連れてキャンピングカーでフロリダに行くと言っていた。

「まあ、リッチねえ」と私がうらやましがると、

「いや、そんなにお金がかかるわけじゃないですよ。キャンピングカーだから宿代はタダだし、自炊できるから食費もかからないし」

そういえば、2週間の旅行中、数えきれないほどたくさんのキャンピングカー見かけた。軽トラックの荷台を改造しただけのものから飛行機の胴体みたいに大きいものまで。中には、テントや寝袋、鍋釜一式詰め込んで、屋根にカヌーや自転車をくくりつけて走っている車もある。

私たちの旅行もかなり安上がりにできた。高速道路はほとんどが無料だし、ガソリン代は日本の4分の1。宿泊代も一家3人で3千円からある。

お金持ちは贅沢に、お金がなくてもそれなりに、マイペースで楽しめるのがアメリカのバケーションのいいところなのだろう。

 

『Como』1993年9月号掲載

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平尾桂子 Keiko Hirao

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