平尾桂子の研究室

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トゥース・フェアリーがやってきた

「わーァ! 本当にお金に変わってる!」
目をさました麻里恵が歓声をあげた。ゆうべ抜けた前歯を枕の下に入れておいたら夜中にコインに変わっていたのだ。
犯人はトゥース・フェアリー(歯の妖精)。サンタクロースと並んでアメリカの子どもにはおなじみの存在だ。サンタさんほど気前はよくないが、夜中に枕元に忍び込んできて抜けた歯を銀貨に変えてくれる。
私の乳歯が抜けたときは、確か、上の歯だったら屋根の上、下の歯だったら縁の下に、母と一緒にほうり投げた覚えがある。「スズメ(ネズミ)の歯アとケイちゃんの歯アとはーえーくーらべ」というおまじないをとなえながら。
「スズメやネズミと歯の生えくらべする」のと「トゥース・フェアリーに来てもらう」のと、どっちがいい? と麻里恵に聞いたら、即座に「お金に変えてもらうほうがいい」という答えが返ってきた。
「じゃあ、まりちゃんにも来てちょうだいって頼んであげるね」
「トゥース・フェアリー」が来ると、親の財布から小銭が一つなくなり、代わりにドレッサーの奥など子どもに見つからない場所に「思い出の品」が増えることになる。アメリカの親たちは抜けた子どもの乳歯をどうしているのだろう。ヘソの緒みたいに保管しているのだろうか。
アメリカに着いてまず私たちが直面した問題は「子どもの歯」だった。アメリカに着いて二日目。日本で治療したはずの奥歯の詰めものがポロっととれたのである。
「ほほーオ!」
何人ものドクターたちが見物にやってきた。看護婦さんものぞき込んでいる。目当ては麻里恵の歯の詰めものだ。
これがとれたんですけれど、とティシュペーパーに包んだ金属片を見せると、がやがやとみんなが集まってきたのだった。
「いやね、ここでも永久歯には同じようなものを使いますが、なにぶん型をとるとコストかかるので、そんな高価なものをどうせ生え変わる乳歯にはめったに使わないんですよ。いやーア、こんなにちっちゃいの、初めて見たなあ!」
ドクターがコストを気にするのは理由がある。日本のような健康保険制度がないアメリカでは、病気をすると目が飛び出るくらい高くつくからだ。
そういえば、ホテルの部屋からかけた予約電話で受付嬢にいきなり聞かれたのが「保険に入っているか」だった。
初診料だけで1万円以上もとられたとか、保険に加入していないと診察もしてもらえなかったとか、そういうことをたくさん聞いていたからこそ、アメリカに行く前に直さなくてはと一生懸命歯医者に通って治療したというのに・・・・・・。
だが、そのおかげでアメリカの小児歯科医院をのぞくチャンスに恵まれたわけだ。行ってみていやおどろいた。いたれりつくせりのサービス満点なのである。
待合室にはフィッシャープライスのおもちゃがあふれ、水のみ場はカバの口だし、中で遊べる本物そってててくりの家の模型……まるで遊園地だ。
診療室の壁には歯みがきチューブをデザインしたネオンサイン。となりの椅子に座った男の子は抜歯で来ているという。
「麻酔の前に塗るおクスリ、今日はチェリー味とイチゴ味とどっちにしようか?」
くまおじさんみたいな先生がその子に聞いている。
一方麻里恵はというと、とれた詰めものをくっつけたセメントが、チェリー味でもイチゴ味でもなかったので、内心かなり不満の様子だ。
診察が終わるとごほうびに小さなオモチャをもらえるという。男の子はスーパーボールを、麻里恵は夜店で売っているような指輪を選んでごきげんで帰っていった。
この一件で「歯医者さんに行けばオモチャがもらえる」とカン違いした麻里恵は、虫歯になりたくてしょうがないらしい。日本にいたときの倍くらい丁寧に歯を磨こうとする私との間に、毎晩攻防戦がくりひろげられている。
子どもがいるといろんな経験をする。嬉しいこと、アタマにくること。アメリカの家族や社会も、子育てという視点でみるとテレビや新聞で見聞きするのとは違う姿に接することができる。そんなアメリカをこれからご紹介していきたい。

 

『Como』1993年1月号掲載

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平尾桂子 Keiko Hirao

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