平尾桂子の研究室

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ノスタルジック・フード

さりげなく相手の年を知りたい時、学校給食で何を食べたかという話題をふる。特に、クジラを食べたか、脱脂粉乳を飲んだかというチェック項目は分かりやすい。ああ、クジラの竜田揚げねとくれば、多分私と同年代。バケツに入った脱脂粉乳が不味くてねえ、だったら私より少し年上か(瓶入り脱脂粉乳もマズかった)、といった具合。

 

もちろんこれで判別できる年の差なんて「誤差範囲」であることに変わりはない。だから、お米のご飯を食べました、ハッシュドビーフが好きでした、なんて言いそうな人には最初からこんなこと聞いたりはしない。

 

本当は相手との年齢差などどうでもよくて、クジラや脱脂粉乳を入り口に、同じような経験の微妙な差異をめぐって会話が弾むのが楽しいのだと思う。

 

うどんかスパゲッティーか分からないソフト麺の袋の手触り。魚肉ソーセージの皮のスマートな剥き方。馬肉コンビーフの妖しい美味しさ。お代わりが欲しくて早食いしたとか、食べ残しが許されない恐怖を味わったとか。こうして振り返ってみると、全国津々浦で学校給食の経験を通じて、私たちは「時代」の刻印を受けてきたのだと分かる。

 

ハレの日の食事を聞くのも面白い。クリスマスに家族で食べたトリの足、祝いの席の尾頭付きの鯛。ハイカラな家では誕生日にお母さんがケーキを焼いてくれたとか。外食が今ほど盛んではなく、マクドナルドもピザハットも日本にはまだなかったのだと、改めて思う。

 

学校給食のメニューを復刻したレストランが流行っているらしい。ホテルにもお目見えしたとか。特別美味しかった覚えもないのに、妙になつかしく郷愁をそそる。

 

味の記憶とは不思議なものだ。何を食べたかということと同時に、誰と何処でどう食べたか、その場の空気の匂いや食器の手触りまでセットになって記憶装置に格納されている。だから当時のレシピを忠実に再現したとしても味の記憶すべてを追体験するのは不可能だ。アルマイト食器に珍妙に盛りつけられたクジラは、高級食材となってしまった今では申し訳なさが先に立つ。ビュッフェで食べ放題のプリンの味は、壮絶なジャンケン競争で勝ち取ったそれにはかなわない。

 

にもかかわらず、給食レストランに人が集うのは、かつて共有した時を思い出という形で再び共有したいからかもしれない。一緒に体験した同じような経験の微妙な差異、それを追体験するための時間が今あり、そのための「時」を共有してくれる友がいる。

 

さらに、その思い出自体が「飢え」の体験でないこと。

これはとても幸せなことに違いない。

 

「悠+(はるかプラス)」2009年10月号 『砂場のダイヤモンド』

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平尾桂子 Keiko Hirao

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