平尾桂子の研究室

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ハロウィンの憂鬱

短かった夏が終わり秋が駆け足で通り過ぎていく10月。街には黒とオレンジの色があふれだす。黒は夜の色。オレンジはカボチャの色。この2色は、冬の始まりを知らせるハロウィンのテーマカラーだ。

も ともとは、死んだ人の魂がこの世に帰り、オバケや魔女が徘徊すると信じていたケルト人の風習と秋の収穫祭が合体したお祭りだったのが、アメリカに伝わってから、仮装した子どもたちが「Trick or Treat(お菓子をくれなきゃいたずらするぞ)」を合言葉に近所のドアをノックしながらお菓子をねだって歩く日となった。

ハロウィンの準備は、 カボチャをくりぬいたおなじみの「ジャック・オー・ランタン」作りに始まる。時期がくると、あざやかなオレンジ色のカボチャがスーパーの店頭に並ぶので、 そこで買ってもいいのだが、雰囲気を重んじる「こだわり派」は郊外のカボチャ畑に出向いていって形のよいのを吟味してくる。

大人の腕でひとかかえもある巨大なカボチャのヘタを、先のとがったナイフでくりぬき、スプーンで実をすくいだし、目と鼻と口をくりぬいて出来上がり。キッチンに新聞紙を敷きつめての大作業だが、これ抜きにはハロウィンは始まらない。

カボチャと同じく、あるいはそれ以上に大切なのが、仮装用の衣装えらび。

幼稚園や小学校でも仮装パーティーがあるので、「ハロウィンには何になるか」で子どもたちは頭の中がいっぱいになる。私は魔女、ぼくはピーターパン、スーパーマン、いやガイコツがいい、と思い思いにイマジネーションをふくらませていく。

アメリカの子どもたちにとってハロウィンは、普段は許されない夜の外出ができて、ちょっとしたいたずらも大目にみてもらえ、しかもお菓子をたくさんもらえる特別な日とあって、クリスマスや誕生日と並んで一年中で最も楽しみな日の1つである。

だが、子どもの興奮とは裏腹に、親にとってのハロウィンはわが子の安全に神経をピリピリさせる日でもある。

10月に入ると新聞や雑誌では仮装アイデアと平行して「ハロウィンの安全ルール」が特集されるし、当日は朝からテレビやラジオのローカルニュースが子どもの安全に気をつけるよう注意を呼びかける。

「昔はこんな心配しなくてよかったのに……」

そう嘆きながら周りの友人たちは、ポップコーンボールやりんごアメに縫い針やカミソリの刃が仕込まれていたという、悪質ないたずらについての怖いウワサを教えてくれる。

子どもがもらったお菓子は食べる前に親が必ずチェックすること。包装されていないお菓子は絶対に食べるな。手作りクッキーやカップケーキもあぶない、すぐ捨てろと念を押す。

「麻里恵を連れていくならピアジェ通りがディスプレーもきれいで楽しいよ」大家さんに勧められて、2ブロック離れた通りを一巡したのだが、その中の一軒では品のよさそうな老婦人が出てきて、「このお菓子はお店で買ったのだからお嬢ちゃんが食べても大丈夫よ」と何度も何度も念を押しながら、バスケットからキャン ディーをつまんで麻里恵の袋に入れてくれた。

家に残ってお菓子の配り役をした夫によれば、来た子どもには親がかならずついていて、歩道からそれとなく様子をうかがっていたそうだ。ちょっとでも家の中に入りそうになるとあわてて飛んできたという。

「ハロウィンで何が怖いといって、知らない人からお菓子をもらうということじゃない?」

麻里恵の仲良しのナタリーのお母さんは、そう言って顔をくもらせた。彼女は、いくら近所でもよく知っている人の家にしか子どもを行かせないと言っていた。「玄関に電気がついていなかったりハロウィンのディスプレーをしていない家は行かないほうがいいわよ」

市内の病院ではX線の検査機械を市民に開放し、持ち込んだお菓子を調べてもらえることも聞いた。

「なにもそこまですることもないと思うけど、隣近所のお付き合いも昔ほど親密ではないから、近くに住んでいても知らない人が多いのよね」

夜の空を飛び回る魔女や妖怪はいなくなった今、ハロウィンの夜の楽しさには別の怖さが隠されている。

 

『Como』1993年10月号掲載

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平尾桂子 Keiko Hirao

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