平尾桂子の研究室

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ヘルピング・ハンズ

私たちの家から車で5分ほどのところにあるマッキンリー小学校。この学校は取材をかねて何度か見学させてもらったので、私はすっかり「顔なじみ」になってしまった。

廊下ですれちがうと「ハーイ!」と声をかけてくる子ども、「今度はボクのクラスに遊びにきてね」とおねだりする子ども。

「ちょうど、3年生が社会科でニッポンの事を勉強しています。よかったら教室に顔を出していただけないかしら?」

という具合に、校長先生がソツなく私を引き回してくれたおかげだ。

カーペットにあぐらをかいて座る子どもたちから「日本にもマクドナルドはあるの?」とか「日本の子どももニンテンドーが好きですか?」なんて質問を浴びせられ、私はさしずめ「歩く教材」だ。

ところで、この小学校には障害児教育のモデルプログラムが併設されている。軽い学習障害から人工呼吸器を片時も離せない車椅子の子どもまで、8クラス総勢約40人。普通クラスの子どもたちと食堂を共有する「スペシャル・ウイング」と呼ばれる別棟で学んでいる。

どの教室にもパソコンがあり自由に使えるようになっているし、障害児専用の体育館やプールもあって、設備にもスタッフにもかなり恵まれているという印象を受けた。

昼休みには、普通クラスの子どもたちがやってくる。あの子たちは?と聞くと、「ヘルピング・ハンズ」というボランティアだとのこと。

子どものボランティア?とびっくりする私に、オーガナイザーのバズビー先生が仕組みを説明してくれた。

ヘルピング・ハンズは、健常児と障害児ができるだけ一緒に学べるようにという主旨で8年ほど前に始まったという。学期はじめにボランティアを募り、親の同意のもとに、15分から20分を週一回から毎日まで、それぞれのペースで自分の選んだクラスに出向き、一緒に遊んだり、おやつを食べたり、身の回りの世話をしたりする。のべ100人の健常児がボランティアとして登録しているとのことだ。ジェッサ(11才)は昼休みを毎日スペシャル・ウイングで過ごす。重度の身体障害を持つエリックの世話をするためである。車椅子を押して校内を散歩したり本を読んだりする。ジェッサは成績も抜群で、この学校の「ボランティア・オブ・ザ・イヤー」を受賞したこともある。

「ジェッサは特にできる子ですが、ボランティアをしているのは秀才ばかりではありません。逆にいろいろな問題をかかえている子どもにこそ、やってみたら?と教師がはたらきかけることもあります。自分にもできるんだ、人の役にたてるんだという自信をもってもらうためです」

アーロンもその一人。彼自身も軽い障害をもっているが、ティティリアの担当者として一緒にゲームをして昼休みを過ごす。また、体育がことのほか苦手という子どもは、その時間を振り替えて特殊クラスの体育のヘルパーをすることもあるそうだ。

耳の不自由な子どもたちのクラスでは、数人のヘルパーが絵カードを介して「会話」をしながら一緒にポップコーンを食べていた。

そばにいる先生が子ども達に「ジュースはいかが?」とか「おいしいね」といった手話をさりげなく教えている。

「正直いって、スタッフが充分そろっているからこそ可能なプログラムです。ボランティアといっても子どもですから、大人のサポートが必要ですし、かえって手間がかかることもあります。しかし、それだけ手間をかけても、これは健常児にとってこそ是非とも必要な教育だと思うのです」

教室の入り口には「ボランティアのみなさんへ」というはり紙がある。遊ぶときは一人ぼっちをつくらないようにとか、わからないことは先生に聞くように、後片付けを忘れないようにといった一般的な注意事項のあとに、こう付け加えられていた。

「お手伝いに来てくださってどうもありがとう。みなさんのおかげでどれだけ助かっているかわかりません」

家庭の崩壊や暴力に麻薬、アメリカの教育現場は恐ろしく荒廃しているという。実際、マッキンリー小学校でも性教育やAIDS教育は必要に迫られて行われているし、学校の校門には「麻薬持ち込み厳禁」なる立て札もある。

しかし、と私は思う。

ボランティア活動を通して子どもたちのやさしさを培うことのできるこの国は、まだまだ捨てたものじゃない。

 

『Como』1993年6月号掲載

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平尾桂子 Keiko Hirao

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