平尾桂子の研究室

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ワーキングマザーのネットワーク

「マリーをディナーに招待したいけど、いつがいいかしら?」
幼稚園のお迎え時、ナタリーのお母さんに初めてこう言われた時は正直いってびっくりした。もっとも、彼女のいう「ディナー」とは、豪華なフランス料理とかではなくて、ただ家でお夕飯を一緒にするという程度のこと。夕方自分の子どもと一緒に連れて帰るから7時半ごろ迎えに来て欲しいという。
アイリーンのお母さんからは「スリープオーバーにいらっしゃい」とのお誘い。スリープオーバーとはお泊まりパーティーのことで、夕食とお風呂をすませたあと、寝袋とパジャマと歯ブラシを持ちよってお友達の家で一晩「合宿」をする。
普通は小学校の低学年くらいから始めるらしいが、麻里恵の通う幼稚園では5歳児クラスですでに流行っている。一度お招きを受けたらこちらも招き返すので、子ども同士で自然に場慣れしていく。家で開いた麻里恵のバースデーパーティーを機に、こういうお誘いをいただくことが急に多くなり、麻里恵は大喜びで出かけていく。
新しい環境に慣れてくれるだろうか、お友達はできるだろうかと、アメリカに来るについては麻里恵のことが何よりの気がかりだっただけに、思いのほか早く新しい環境に溶け込んでくれて、夫も私もホッと胸をなでおろしている。
こうして、麻里恵がアメリカのお友達と家を行ったり来たりするようになって、私はおもしろいことに気がついた。
子どもを介した母親同士のお付き合いが、意外なほどサッパリしているのだ。
約束の時間に子どもを先方の家に連れていくと、何時に迎えにきてくださいね、という具合で、別に追い返されるというわけでもないが、その間の時間はどうぞご自由に、子どもは子ども、母親は母親、というのが暗黙の了解になっている。
子どもが小さいうちは、お母さんと子どもをセットにした「母子ペア」単位のお付き合いが支配的な日本とは、ちょっと事情が違うようだ。
それともう一つアメリカらしいと思ったのは「カープール」。2-3軒の家庭がチームを作って当番を組み、子どもの学校や幼稚園の送り迎えを持ち回りする。車社会ならではのネットワーキングだ。
先月号でバースデーパーティーの開き方を指南してくれた先輩のアン・パワーも、子どものクラスメートのお母さんとカープールを組んでいる。これのおかげで週の半分は子どものお迎えから解放されるというわけだ。
「子育てしながら仕事をするコツは、なんといっても母親同士のネットワーク作りよ」
子どもの預けっこにしろカープールにしろ、地域での家族どうしの付き合いが、自然な形で子育てを支え合っているようだ。
アンは大学院の博士課程に籍を置くママさん学生。デービッド(10歳)とキャラ(9歳)のお母さんでもある。
ママさん学生と書いたが、正確にはワーキング・スチューデント・マザー。こちらの大学院生は、教授のアシスタントなどをしながら勉強する「勤労」学生がほとんどで、アンもリサーチ・アシスタントとして週に何日か働いている。仕事、勉強、家事育児の3足のワラジだ。
「起きているときは、仕事をしてるか、勉強しているか、家事育児をしているか……いつもフル回転よ」
心理学者のご主人の仕事の関係でボストンからノートルダムに来たのが10年前。2年前まで勤めていた視聴覚障害児のためのスピーチ・セラピストとしての仕事を通して教育社会学に興味を持ち、博士号を目指して勉強を始めたという。
「クラークが学生だった時は、私が彼をサポートしたから、今度は私が勉強する番なの」
ご主人のクラークが大学院生で身分も収入も不安定なころは、アンが働いて生計を賄っていたという。「夫をサポートした」というのは、精神的に夫を「支え」、なおかつ経済的にも「家計を維持した」ということだ。アンの口ぶりに、特に気負ったところはない。だが、自分の人生を真剣に生きてきたという静かな自信が伝わってくる。
「子どもと一緒にいるのも楽しいし、夫と一緒にいるのも楽しい。そういう時間を本当に大切にしたい。でも、私は『○○ちゃんのママ』や『ミセス○○』だけじゃない。私は私でいたいのよ」
ちなみにアンは42歳。
女の人生いつだってスタートラインよと、学び続ける彼女の姿勢に、私はいつも勇気づけられる。さらにうれしいことは、アンのような女性ひとが、ここにはたくさんいることだ。

 

『Como』1993年5月号掲載

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平尾桂子 Keiko Hirao

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