平尾桂子の研究室

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指導という名のいじめ

「昔はイジメなんかなかった。」

 

学校のいじめ問題がマスコミで報道されるたびに、子ども社会の過去と現在が語られる。

 

私が子どもだったころを「昔」というならば、確かに「いじめ」は存在しなかった。「いじめっ子」「いじめられっ子」という言い方はあったが、「いじめ」という名詞は使われていなかった。

 

ある事象を表す言葉が存在しないということは、その事象が存在しないのと同義である。その意味で、「昔はイジメがなかった」というのは正しい。

だが、言葉がなかったから、そのような行為が存在しなかったかというと、もちろんそうではない。振り返ればあれは確かに「いじめ」だったと、鈍い痛みを伴う思い出がある。

 

小学校2年生の時。

「みなさん、机に伏せて目を閉じてください。クラスの中で嫌いな人を指さしましょう」

担任のK先生は、ホームルームの時間に時々このような指示を出した。

私たちはそのたびに素直に先生の指示に従い、机に伏せて「嫌いな子」を指さした。

 

本当は見てはいけないのだが、薄目を開けてそっと見ると、子どもたちの指はSちゃんを指していることが多かった。私もSちゃんを指さした。

 

昭和30年代。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』で描かれた発展途上の日本社会の情景を思い出していただきたい。その頃の公立小学校には、クラスに何人かはボロボロの服を着て青バナを垂らしている子どもがいたものだ。Sちゃんもそんな一人で、アイロンのかかっていないしわくちゃなブラウスを着て、誰かのお下がりのようなブカブカの運動靴を履き、あまりお風呂に入っていないのか、ヘンな臭いがしていた。

 

彼女は今で言えば何かの障害を持っていたのかもしれない。何をするにも動作が遅く、反応も鈍く、K先生は口癖のように「本当にトロイ子ね」と言い、「グズ子」と呼んでいた。トロイ、とは、のろま、という意味である。のろま、と先生から名指しされるSちゃんと仲良くしようとする子は一人もいなかったし、グループ分けをするときにも余るのはいつもSちゃんだった。

 

ある日のこと。給食の片付けが終わったときにK先生が大声を上げた。

「誰ですか!牛乳瓶の蓋をそのままにしたのは?!」

 

今でも私にとってこの世で最高に不味い飲み物である学校給食の牛乳。当時はガラスの瓶に入っていて厚紙の蓋がついていた。それを小さな千枚通しでこじ開け、飲み終わったら蓋は別に捨てるきまりになっていた。なぜかその日は一本だけ、瓶の口に蓋がつけっぱなしの空瓶があったのだ。

 

「こういうだらしないことをしたのは誰ですか。私がやりましたと自分から言ったらゆるしてあげます。でも言わないのなら最後まで犯人を捜します。」

 

それから延々、お昼休み中、K先生の犯人捜しの尋問が続き、あげくの果てに、指紋をとればすぐ分かるから警察を呼ぶ、とまで言い出した。その後の詳しい経緯は思い出せないが、最後にはSちゃんがやったということでコトが収まった記憶がある。

こんな時、彼女はうってつけのスケープゴートだった。彼女を仲間はずれにし、生け贄として差し出すことで、私たちはK先生の「恐怖の指導」を生き延びていたのだ。私たちがしていたこと、それはクラスぐるみの「いじめ」に他ならない。

 

先生がのろまと言う子を仲間はずれにして何が悪い。「嫌いな子」として指さすのにもちょうどよい。いじめの加害者は、「いじめられる方にも問題がある」と言うが、私たちもSちゃんに対してそんな感情を抱いていたことは間違いない。

 

K先生が子どもたちの「嫌いな子」を特定しようとした理由は未だに分からない。生徒指導に資するための子どもたちの人間関係調査とでも称していたのだろうか。

 

不思議なことに、母親たちの間ではK先生は、教育熱心だ、指導力があると、大変評判がよかった。学年最初の学級見学のあと、母は「よかったね、いい先生で」とうれしそうだった。あの怖い先生がどうしていい先生なのか、私には分からなかった。否、自分の気持ちを「分からない」という疑問形で意識化すらできていなかったと思う。自分が誰かの「嫌いな子」として指さされる恐ろしさも、Sちゃんに対する罪悪感も、それを表現する言葉を七歳の私は持っていなかった。牛乳瓶の指紋をとりに警官が学校に来るという脅しを信じ、本当におまわりさんが学校に来るのだと思っていたのだから。

 

ある日、K先生への恐怖が現実のものとなった。事の発端は覚えていないが、私と仲良しの友達の二人がやったこと(あるいはやらなかったこと)がK先生の強烈な怒りを買い、その罰として二人の両頬に黒いマジックで大きく×と描かれ、そのまま家に帰りなさいと命令された。半泣きで友達の家までたどりつき、彼女のお母さんがコールドクリームで頬の×を落としてくれるまで、このまま一生マジックが消えなかったらどうしようと不安でたまらなかった。頬に×をつけて道を歩くのも恥ずかしかったが、それよりも何よりも、自分の親に知られるのが怖かった。「熱心」な先生の「指導対象」となることは自分になにか落ち度があり、それは親を悲しませることだと思っていたからだ。

 

私の行い、あるいは怠りの何がいけなかったのか、なぜ叱られたのか、それを覚えていないのはとても残念なことである。

 

今でも、何かの拍子に油性マジックで手が汚れると、ふと思い出す屈辱の記憶。

その思い出は「いじめ」の加害者としての自分と地続きでつながっている。

 

『家庭の友』2013年6月号 掲載

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