平尾桂子の研究室

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無重力のおまじない

「この惑星の住人は働くという行為にとりつかれている」
「この惑星の住人は物欲に支配されている」

辛辣だけど、妙に納得させられるコメント。サントリーの缶コーヒーBOSSのCMで、トミー・リー・ジョーンズに化けた宇宙人が見た地球人の姿だ。

彼が地球調査の任務についたのは約4年前。以来、スーパー店員や大工、時代劇のエキストラやカメラマン助手、はては知事、刑事にホスト等、ありとあらゆる職業に就き、仕事の現場から人々の行動様式を観察してきた。上司に怒鳴られ、妻に罵倒され、客に頭を下げる潜入生活は決して楽ではないが、八代亜紀の歌に感動し、夜明け空の美しさに見とれ、路地裏で飲む一本の缶コーヒーに救われる。

もともと地球勤務は気乗りしなかったようで、帰還する宇宙船の中で「ろくでもない惑星だった」と回想し、同僚も「もう二度と戻りたくない」と言う。それでもBOSSの味が忘れられず、ノコノコ地球に舞い戻っている。

よかった、帰ってきてくれてと、見ている側は何故かホッとする。安心して見られる「水戸黄門」や作者が亡くなってもお話が続く「ドラエもん」のように、宇宙人ジョーンズの地球調査もBOSSのパワーで継続してほしい。いや、BOSSが飲みたかったから戻ってきたというのは方便で、本当は地球の生活が大好きで、私たちのことが忘れられなくて、だから地球に帰ってきたのだと思いたい。

このCMのおもしろさは、外国人(ハリウッドスター)の日本滞在記を宇宙人の地球滞在記に仕立てたところにある。映像は一昔前に流布した「兎小屋に棲む働きバチ的日本人像」と微妙に重なる。違うのは、観察者自身が兎小屋に棲む働きバチだということだ。生真面目に働くジョーンズの姿は我々の姿であり、それを見る私たちはヨソ者の視線を手に入れる。だからだろう。「このろくでもない、すばらしき世界」という逆説的なコピーをとなえると、一瞬だけ重力から自由になれる。

<サントリー、[BOSS][宇宙人ジョーンズの地球調査シリーズ]>

 

「悠+(はるかプラス)」2010年7月号 『15秒のスケッチ』

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平尾桂子 Keiko Hirao

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