平尾桂子の研究室

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生き方、くるり!

「ガンになって仕事を変えた」

 

衝撃的な独白の中、彼女は「退職願」を上司の机に静かに差し出した。

 

これからどうするの?びっくりして顔を上げた上司に向かって、一言告げる。

 

「転職、です」。

 

言葉を区切って、微笑みながら。あとは無言で背筋を伸ばし、書類が風に舞うオフィスを立ち去っていく。

 

アクサ生命「がん保険」のCM、「転職篇」のワンシーンだ。

 

表向きは転職という理由で退職する彼女の新しい仕事は、「元気になること」。

 

収入サポートがついた保険のおかげで、安心して治療に専念できるという内容だ。

 

それはそれでありがたいが、同僚の誰一人として、職場を去る彼女に気づかないのが気にかかる。退職を決意するまで彼女はどんな気持ちだったのだろう。自分で病気の兆候に気づいたか、健康診断で見つかったのか。病名が分かるまで、さらにガンと診断されてからはなおさらのこと、心の揺れや治療への迷い、不安、そして死への恐怖・・・。そんなことを打ち明けられる親しい人が職場に一人もいなかったのか。

 

もう一つの「駅篇」では、ガンの宣告を受けたばかりの女性が電車のホームのベンチにポツンと座り、「仕事、続けられるだろうか」と思い悩むシーンから始まる。

 

二人とも、治療をしながらでは働けない職場だったに違いない。

 

「多様な働き方」という名の不安定雇用。簡単に切り捨てられる人は確実に増えている。働く女性の半数以上がパートやアルバイトなど非正規雇用、男性でもその割合は5人に一人。仕事を切られて収入がなくなれば、あっというまに路頭に迷う。病気を隠して働き続ける人も少なくないだろう。

 

実はこのCMの主人公はガンになった女性たちではない。本当の主人公は「保険」を象徴するモデルの杏。オフィスの隅や満員電車に神々しい美しさで現れ、彼女たちのすべてを知り見守っている。

 

画面がくるりとひっくり返り、二人の女性が新しい生き方を選択したことが示唆される。だが、「あとの仕事は心配しないで。早く元気になって戻ってきてね」と励ましてくれる人が誰もいなくて保険だけが頼りというのも、やっぱり寂しい気がする。

 

<アクサ生命、[「収入保証」のがん保険]>

 

「悠+(はるかプラス)」2010年9月号 『15秒のスケッチ』

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