平尾桂子の研究室

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男もすなるおしゃれ

「お前、きれいな爪しとるなー」

 

仕事帰りの電車の中、ウトウトしていた私の耳に突然男の子の声が飛び込んできた。

 

「ああ、最近ちょっと気にしてるんだ」

 

のんびりした声の主は隣に座った男の子。学生服を来ていたから高校生だろう。彼らはそれからしばらくの間、一人が立って二人が座ってという位置関係のせいか私にも聞こえる声で、爪の形がどうの、ツヤがどうの、甘皮の処理がどうのと、お互いの手を見比べつつひとしきり議論したあと、今度の期末ヤバいんだよなーとかなんとか言いながら電車を降りて行った。

 

ふーん、最近の男子はおしゃれになったと聞いてはいたけど、爪の手入れを話題にするようになっていたのね。

 

昔読んだフランスの小説に、男性の描写で「手入れがゆきとどいた手」という表現があったことを思い出した。「爪」は「耳のうしろ」同様に身だしなみのポイントだから、男の子も気にはしていたと思う。でも、それをネタに男同士がオープンに語り合い盛り上がれるとは思っていなかった。

 

身なりや化粧など外見に対する配慮を「おしゃれ」というならば、その分野への男性進出はめざましい。男性向けファッション雑誌、男性用エステ、化粧品も当たり前すぎてニュースバリューはすでにない。

 

問題は「男のおしゃれ」ではなく「おしゃれを話題にする男の子」だ。一部の人から見れば、あるいは「草食系男子」の行動として記録されるかもしれない。だが、「爪の手入れを男同士で議論できる男子」の発見は、日本社会にとって朗報だと私は思う。

 

高校生の交換留学の現場でトラブルになるケースは圧倒的に男の子が多いと聞く。ホストファミリーとうまくいかない、友人ができないなど、語学力の問題もさることながら,総じて基本的コミュニケーション能力の欠如によることが多いらしい。確かに、<わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい>、<男はだまってサッポロビール>に加え、<ほう・れん・そう>(報告・連絡・相談)のようなメニューだけでは、親密さを築くツールとしての言葉のキャッチボールの腕は磨けまい。そうして育った日本男児の対話力の低さは、残念ながら海外では悪評が高い。

 

あの子は相手をさりげなく褒めた。褒められた子は照れるでもなく無理に謙遜するでもなく素直にそれを受け入れ、そこから発展して情報交換しながら話が弾んでいった。親密さを築く対話の中身とは、草を食むような言葉のやりとりでできている。

 

がんばれ、ニッポンの男の子!

 

心の中でエールを送りつつ、そっと荒れた手を隠した。

 

今夜はゆっくり爪を磨こう。

 

「悠+(はるかプラス)」2009年7月号 『砂場のダイヤモンド』

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