平尾桂子の研究室

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「戦うお姫様」の物語

お姫様は戦っている。

右手に剣を持ち、左手には乳飲み子を抱え。

お姫様は本を読んでいる。

右手には学問書を持ち、左手には料理本と育児書を抱え。 

そしてお姫様は気がついた。

彼女が読むことを許されない「真実の書」には、

女に教えてはいけない世の理(ことわり)が記されているということを。

 

 

先のお后が懐妊したとき、この国はうねりのような祝賀の機運に包まれた。

 

お世継ぎが生まれる!

なんとめでたいことか!

 

だが、生まれたのが女の子だったとわかったとき、そして、姫を出産した直後にお后が亡くなったとき、祝賀ムードはある種の覚悟のような空気に変わった。

次のお子が望めないのなら、女の子でも仕方ない。いないよりはマシだ、と。

 

かくして、お姫様は、先代の王子と同じように教育を受け、乗馬や剣術も学ぶ機会を与えられた。

こうして育ったお姫様は、王子と同じ。

 

お姫様は国を守る戦いに行かなくてはいけない。

自分の意志ではなく、運命として。

男性が兵士として戦場に赴くとき、「選択」の余地がなかったように、女性も兵士として戦場に赴く時代になった。

 

働くことが戦(いくさ)のメタファーで語られるこの社会で「働く」ことは、選択の余地がない戦と同じだ。食べていくため、生き延びるために。

今や、家臣やそのとりまきは、彼女が戦場に行くことで、国に課せられた「女性活用実績」をクリアできると思っている。

 

「女性の管理職比率を上げろ」

 

なんだかよく分からないままに、覇権宗主国のルールはそうなっているものだから、家臣達はやっきになって、お姫様に剣術を教え、先代の王子を鍛えたときのように戦い方を教え始めている。でも、軍団の率い方やモノの言い方、すなわち、「男のように考える」ことの教育は間に合わない。

 

――だからお姫様は、とっても戸惑っている。

なぜ、相手の心を傷つけないようにと言った言葉が曲解されるのか。

なぜ、自分の行動が「女々しい」とバカにされるのか。

 

その上、彼女にはお世継ぎを産むことも期待されている。

だって、彼女は女なのだから。女王になるのが運命なのだから。

世の兵士の一兵たりとも、女から産まれていない兵士はいないという事実。

彼女は、将来の女王として、多産(proliferate)でなくてはならない。

(でも、今や子どもには「量」だけではなく「質」も求められている)

そんな王室の中で彼女に期待されるのは、「男のように考え」なおかつ「レディーのようにふるまう」こと。

さらに、女王として軍団を率いるには「男のように考え、レディーのようにふるまう」だけじゃダメで、「犬のように働く」ことも要求されている。

高貴な生まれのお姫様でも、その生まれだけでは高貴でいられるわけじゃなく、実績がともなってナンボという世界にさらされているからだ。

 

亡き父王が読んではいけないと彼女に言った「真実の書」には、こういった「女性の活用」の内部事情や、子どもを持つ人が損をする世の中の仕組みが語られているわけで、彼は、お姫様を愛しているがゆえに、そのことを知らないでいた方が幸せなのだと信じていた。

だから、お姫様に、この本だけは読むな、と禁じたのだった。

 

父王は愛する娘に、そこそこに戦いに行ってもいいけれど、死なずに帰ってきてくれて、隣国の王子と結婚して、お世継ぎを産んでくれれば、それでいいのだ、とそのように考えていた。

でも、白馬に乗った王子様なんか、もうとっくに、いなくなっていて、隣国の王子たちは、お姫様と結婚すれば、働かなくて(戦にいかなくて)よい人生を手にいれられると考えている。

(昨今の男性の理想の結婚相手は、若くてキレイで家事ができて、なおかつ稼ぎのいい、人に言って自慢できる職業の女、であるとか……)

 

――お姫様は、その矛盾に気づいて、悩んでいる。

 

戦闘に参加して、なおかつ、次世代の兵士を産み育てるなんて、土台無理な話。

子どもが死ななくなって、人が長生きできるようになった超高齢化社会。そんな世界は、古今東西の人類が願いに願って手に入れたものなのに。

そんな約束の地に立ったお姫様は、これからどうするのか。

 

我々は忘れてはならない。

「おお、よしよし……」

と、新たに生まれ出でた「他者」の命を慈しむことで、我々は「種」としての命を繋いできたことを。他者をケアする至福なしに、人類の歴史はありえなかったということを。

そんな人間の本質を、古今東西の賢者たちは<愛>と呼んだ。

だが、愛(=見えざる心)の価値は、現実の社会ではあまりにも過小評価されている。

 

今、生きとし生けるものを育む「恵みの母」は、母であることに倦み疲れ、子どもを食い殺そうとしている。私たちの生活と社会が、サステナブル(持続可能)ではないからだ。人と人の関係も、人と自然の関係も。環境が再生する力も、そして人が人間として再生できる力も、私たちは今の世代で使い果たそうとしている。

 

〝新たな命を産み育てる喜びと苦しみに、男(Men=人間)がコミット(参画)しないなら、

私たちは産み育てることを辞めたい……、そう言ってもいいですか?〟

 

こんな、「母(、)なる自然」の叫びも聞こえてくる。

私たちはこの叫びを聞きのがしてはならないと思う。

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平尾桂子 Keiko Hirao

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