アメリカ保育園潜入レポート

「今日はね、マレッサのお母さんが来て歯の磨き方を教えてくれたの!」

保育園のお迎え時、麻里恵が息を弾ませて報告してくれた。マレッサのお母さんは元歯科衛生士さん。この日はボランティアの先生として、歯が生え変わり始めた4-5才児クラスの子どもたちに、虫歯予防のお話しをしてくれたとのこと。「お友達のお母さんが保育園に来てセンセイをした」ということは今まで何度もあるらしく、あるときは、フランス語のワンポイントレッスンをしてもらったり、また別のお母さんにはモダンダンスのデモンストレーションを見せてもらったりしたようだ。

麻里恵がこの保育園に入園した時に提出した書類には、家での呼び名やかかりつけの医者の電話番号、予防注射歴などの他に「子どものクラスで披露できる親の特技や趣味」という欄があった。ダンスを教えられますとか、歌が上手とか、親の持っているリソースを登録しておき、保育プログラムの中にうまく生かす仕組みになっている。

その時には勝手が分からず何も書かなかったが、この9月から始まる新学期には「日本語のワンポイントレッスンできます」とか「折り紙を教えられます」と名乗りをあげておこうかと思う。

このような「特別出演」でなくても、ボランティアの「ペアレント・ヘルパー」として親が保育の現場に顔を出すことはけっこう多い。

月に1ー2度ある遠足や社会見学で引率の人手が必要な時や、保育実習の学生ヘルパーがいなくなる長期休暇の前後1週間などには、時間のある親が先生の手伝いをすることが期待されている。

といっても、あくまでも自由参加のお手伝いだから、強制的な当番制度もないしクジ引きもない。もしお手すきでしたらよろしくおねがいします、という感じでサインアップシートがテーブルの上にさりげなく置いてあり、都合のよい時間帯に名前を記入しておく。

時間は1時間から2時間程度。1日中だったらぐったり疲れてもう二度としたくないと思うだろうが、短時間なのでさほど負担には思わない。

主な仕事は、食事の後片付けをしたり、絵本を読んであげたり、トイレを手つだったり、といったところだが、保育園での子どもたちの様子や先生の対応の仕方が真近に観察できてとてもおもしろい。

初めてペアレントヘルパーを引受たとき、まずびっくりしたのは、子どもたちがものすごく人なつっこいことだった。

「ホワッチュアネーム?(お名前は?)」と、小さな男の子にいきなり聞かれたときには、内心ドギマギしながら「ケイコよ」と答えたけれど、後から考えて「おばちゃん」という感じで私を呼ぶときには「ミセス・ヒラオ」の方がよかったしらと気がついたが、そのときにはもう手遅れ。クラス中の子どもたちから「ケイコ、ケイコ」と呼ばれるハメになってしまった。

「ミセス・ヒラオと呼んでね」と最初は抵抗してみたが、「ヒラオ」はアメリカ人には大人でも発音しにくい名前らしく、「ヒロウオー」みたいな感じで舌をかみそうになっている。ま、いいっかーとは思うものの、「ケイコ、ケイコ」と小さな子どもにファーストネームで呼ばれることに私はまだ慣れていない。

普段麻里恵と仲良しの子たちは私の周りにべったり寄ってきて、「おやつの時一緒にすわってね」、「絵本を読んで」と甘えてくる。一方、麻里恵はというと、「いいでしょー!」という感じで得意そうに舞い上がっている。

麻里恵ばかりはしゃいで、他の子どもに悪いな、と、つい思ってしまうのだが、ここではそういう遠慮は無用のようだ。お母さんがヘルパーをした日はその子にとっての「特別の日」であっていいというのだ。

また逆に、お母さんが来れない子も「かわいそう」という発想も全くないようで、またいつか別の機会にその子にとっての「特別の日」があればいいらしい。

「特別の日」の演出のしかたは他にもいろいろある。例えば、お昼休みに親が子どもを連れだして外で食事をすること。日本だったら集団保育のペースを乱すときらわれそうだが、ここでは逆に奨励されている。クラスの子どもたちへのお菓子の差し入れも大歓迎。ただし、この場合は衛生上の理由から市販品に限るとのこと。

ヨソがしたからウチもしなくっちゃという横ならび思考ではなく、ヨソはヨソ、ウチはウチという割り切りと、私でできることはしましょうというボランティア精神が、保育園とのお付き合いを楽しいものにしているようだ。

 

『Como』1993年8月号掲載

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