アメリカ保育事情 (1)

私たちが子連れ留学するにあたって一番心配したのは、麻里恵の預け先だった。夫も私もフルタイムの学生となるわけだから、少なくとも授業が始まるまでにはちゃんとした保育園を確保しなくてはならない。加えて麻里恵は英語がまったく分からない。だが、いくら心配しても、こればかりは留学先の大学が決まらないと何のアクションもとれなかった。というのも、託児所の認可基準から保育制度の在り方そのものまで、すべて州によってバラバラで、アメリカ全土をカバーする法律も管轄省庁もなにもないからだ。ある州では乳児3人に対して保育者1人という基準を設けていると思えば、12人までオーケーという州もあるらしい。基準があっても強制力がないというところもあるし、罰則規定も様々だ。アメリカの州はそれぞれが独立した国のようなものだから、その財政の懐具合によっても保育の仕組みが変わってくる。ウーマンリブの国アメリカは、こと保育制度に関しては驚くほど未成熟な国だ。6歳未満の子どもを持つ母親の約60%が働いているというのに、保育に対する公的な補助がまったくといっていいほどないし、法律で定められた産休制度すらない。(当時)育児は徹底的に私事だから、他人の子どもを育てるのにどうして私の税金を使うのかと、子どものいない人から文句が出るからだ。そんな訳だから留学先が決まったら何はおいても保育園の情報集めと決めていた。

 

留学の受け入れが決まったことを知らせる指導教授からの国際電話の電話口が、その第一歩だった。

 

近くによい保育園をご存じないでしょうかという問いに対する先生の一言が、アメリカの保育事情をよく表している。

 

「ああ、それは本当に難しいですね。預け先はいくらでもありますが、安心して預けられるところとなると、なかなか見つかりませんよ」

 

民間の託児所や、普通の家庭で子どもを預かるファミリーデイケア、そしてベビーシッターや住み込みのナニーと選択肢の幅は広いのだが、保育の質に大きなバラツキがあり、しかも、良質で安い保育園には希望者が殺到してなかなか入れない。要するに気軽に子どもを預けることはできても、まっとうな保育園を探すとなるとものすごく大変だというわけだ。

 

さらに、公的な補助がない分保育料も高い。この町の相場は一か月300ドルから600ドル。4~500ドルでちょっとしたアパートが借りられるここの物価水準と比べていかにも高い。そこで、親戚を頼ったり親同士で自主保育サークルを作ったりベビーシッターをかけもちしたり、みんな「どうにかやりくり」しているらしい。ただ、隣にあるセントメリー大学に、EarlyChildhoodDevelopmentCenter(ECDC)という付属保育園があり、そこのプログラムはとてもしっかりして評判も良い。いつも定員いっぱいなので入れる可能性はものすごく低いが、とにかく順番待ちのリストに入れてもらうように、とのアドバイスをいただいた。そのアドバイスに従い、すぐに入園申込の手紙を書いたのが渡米する5か月前。この保育園には常時100人くらいの順番待ちがあるという。そんなハードな状況のなかで、日ごろ行いも良くない私たちにしては運がいいこともあるものだ。万に一つのクジ運で麻里恵が当たり、入園できることになったと園長先生に知らされたのは、当地について2日め、まだ時差ボケでボーっとしていた頃だった。ただ、入園できるといっても空いたのは午後の時間帯だけ。延べ約100人いる園児のすべてが9時ー5時というわけではなく、月水金だけとか、火木だけ、あるいは午前、午後と親の都合によってコースが分かれている。日本だったら集団保育が前提だから「パートの園児」ということは考えられないが、ここでは親の育児方針や仕事との兼ね合い、そして----これが一番重要だが──保育料をどこまで払えるかという財布の中身により通園方法が決まってくる。ただ、私たちは午前中も授業があるので、午後だけ通うとなると、午前中に預かってもらえてお昼に保育園まで送ってくれるベビーシッターを確保しなければならない。あるいはこの保育園をあきらめて他に全日預けるか。そこで、とりあえず他の保育園も見学してみることにした。

 

最初に行ったのは教会が経営するノースウエスタン保育園。市内から車で20分ほどいった郊外にあり、森に囲まれた広大な敷地のなかにポツンと建っている。設備も整っているし空気もきれいだしと私たちはえらく気に入ったが、問題は遠いこと。片道20分でも往復40分、預け入れに手間取れば10分から15分。それを一日朝と夕方の2回するわけだから2時間近くのロスになる。次に見学したのはダウンタウンの保育園。ここは地理的には近いが周りの環境がガサガサしていて空気も悪く今一つ感心しない。

 

もう一つあたってみたのがフランチャイズ方式の保育園。ここは営利目的のもうけ第一主義だという悪いウワサを聞いてパス。

 

もう一軒は近所のファミリーデイーケア。ミセス・ネルソンという奥さんが助手と二人で10人程度預かっている。サバサバーっとした感じのいい人で、子どもの扱いも上手だと思ったが、個人の家ではいろいろな面で限界がある。日本の感覚からすればものすごく大きい家だったが、それでも年齢の違う子ども10人を思い切り遊ばせるには不十分だ。ベビーシッターと保育園とのかけもちという不安定なスケジュールを麻里恵に強いるか、それとも適当なところで妥協して他の保育園にするか……。誰に聞いてもECDCの保育プログラムはすばらしいという。結局、この評判の良さに惹かれたことと、父母が学生の場合に適用される保育料の割引制度があること、さらにパートで在園している子どもには順番待ちの優先順位が高くなることから、しばらくかけ持ちでがんばってみようということになった。家族持ちの大学院生の住むアパートに「ベビーシッター求む」の掲示を出すと、すぐその晩に電話がかかってきた。パキスタンからの留学生の奥さんが生活費の足しに近所の子どもを時々預かっているという。サリーがよく似合うしとやかな人で、時給2ドルで自分の2人の子どもと一緒に世話をしてくれるという。ECDCまで送るのは別料金で5ドル。用意万端。麻里恵には「ちいさい保育園」に行ってからお昼に「おおきい保育園」に行くようになることを言い含めた。さらに、英語だけの環境に少しづつなれるために、「ちゅうくらいの保育園で遊ぼう」と、言いくるめて、ミセス・ネルソンのファミリーデイケアで一週間預かってもらった。こうして約3週間かかって親子ともども新しい環境に慣れていったのだが、さあ明日からいよいよ新学期、本格的に「ちいさい保育園」と「おおきい保育園」の行ったり来たりが始まるぞという日の朝、ECDCの園長先生から午前の部に空きができたという、信じられないような吉報を受け取った。「ええっ!!ほんとうですか?!!」

 

-----こうして、結果的には、奇跡ともいえる運のよさで、麻里恵はセントメリー大学の付属保育園にフルタイムで通えるようになった。

 

この保育園探しの顛末を通して私は多くのことを考えさせられた。

 

一つは、子どもを預けることに対する考え方の日米の違い。日本で時々感じたような、子どもを人に預けることへのうしろめたさや、ワーキングマザーに対する世間の冷たい視線をここでは一度も感じなかった。理由はどうあれ子どもを預けなくてはいけない状況がもうすでにそこにあり、じゃあどうしたらいいかというところから話が始まっている。二つめには、この国の子どもたちが非常に弱い立場に立たされているということ。保育の選択肢が多いのはいいが、実際は玉石混交でピンからキリまで。そのなかから質の高い保育園を選ぶのは至難のわざだ。つまり、数は多くてもベビーホテルや無認可の保育園が乱立している状況に近く、ある統計によれば自宅以外で一日をすごす幼児の半数が法的な安全基準の外にいるという。日本では基準が一応あるだけでも保障される安全がここでは吟味の対象となっている。このように、麻里恵の保育園さがしに明け暮れて始まったアメリカ生活だが、例えばベビーシッター求人の掲示一つ出すにしてもそれをアドバイスしてくれた人と手伝ってくれた人がいる。見ず知らずの外国人の私たちに差し伸べられた善意に支えられてのスタートだったということを、私たちは忘れられない。人と人をつなぐ「かすがい」として「こども」がいることがアメリカのワーキング・ペアレンツを支える大きな力となっている。さて、こうして麻里恵が通うことになったセントメリー大学の付属保育園。広大なキャンパスの一画をフェンスで仕切り、大学の校舎を改造して保育園にしてある。次回は、そこでの麻里恵の生活や、その保育内容をご紹介したい。

 

『こども通信』Vol.8掲載(1993年6月30日発行)

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