白馬に乗った王子様?
最初に見つけたのは目黒だった。交差点で一番目立つ角ビルに大きな看板。
ピンクの下地に白抜きの文字で、
『白馬に乗った王子様は、残念ながら目黒にはいない』
次に見たのは四谷。
『白馬に乗った王子様は、四ッ谷にいると思ったら夢だった』
2008年の春、東京で展開された一連の広告群。主要な交差点で、その場所毎にカスタマイズされたコピーは、すべて「白馬に乗った王子様は・・・」で始まっていた。
曰く、
白馬に乗った王子様は、
「霞ヶ関にもいそうでいない」
「大手町にも意外にいない」
「恵比寿あたりにはいない。代官山にもなぜかいない」
「歌舞伎町にはもちろんいない」
きわめつけは東大前。
『白馬に乗った王子様は、東大前にはいるかもしれないけれど、適齢期はずっと先』
広告主はインターネットの結婚サイト。シンプルなコピーと都市空間を舞台にする洒脱さは、世間に疎い私でも友人との会話で話題にし、講義のネタにしたくなるほどのパワーをもっていた。
やっぱり今でも、結婚市場の売れ筋物件は「白馬に乗った王子様」ということか。その正体は、つまるところ、東大(などの有名大学)を卒業し、大手企業や官庁勤めのエリートサラリーマン。そんな男性は都心のオフィスビルや官庁街には「いそう」で、歓楽街には「いない」と断言する。こうして彼らの生息地域を特定しつつ、でもね、そこでは出会いはないのよ、私たちの結婚サイトに登録しなくちゃね、と巧みに誘う。
それにしても、と思う。「女の子はクリスマスケーキ」(24までに売れなければ値が下がる)と言われた私の学生時代と「女性の社会進出」があたりまえと思われている今日と、時代が大きく変わったように見えるが、「自己実現」と「結婚」の間で揺れる若い女性の悩みの深さとその構造は、ほとんど変わっていないのかもしれない。
しかも最近は、知性と教養を武器に悪者をあっさりやっつける、強くて賢いお姫様が役割モデルとして登場しているから、「白馬に乗った王子様」への期待値は上がるばかり。そりゃなかなか出会えないはずだ。
いや、もっと大変な変化がある。バブル崩壊後、たとえ王子様でも高貴な身分で一生過ごせる保証がなくなった。非正規雇用の男性が増えて王子様の絶対数も減ってきた。なによりも、王子様と結婚すれば末永く幸せに暮らせるなんてお伽噺、本気で信じる女性は確実に減っている。
そんなことあたりまえじゃない、とでも言うように、秋になって気がついたらピンク色の看板は街から姿を消していた。
「悠+(はるかプラス)」2009年6月号 『砂場のダイヤモンド』